「自分の遺灰を海に」生前の希望で自然葬 
石垣島で亡くなった下田正夫さん
 自分が死んだら遺灰を海に流してほしい―と生前望んでいた男性の自然葬が24日の明け方、石垣島の南西海上で執り行われた。自然葬は、本人の遺志と遺族の了解のもと、火葬後の遺骨をさらに細かくし、海や山など“自然に還(かえ)す”葬法。6年ほど前までは遺骨、遺体は墓に納めなければならない、という先入観や誤った法律解釈の関係で自然葬が実施されることがなかった。しかしその後、先行して実施された自然葬を追認する形で「節度をもって葬送の1つとして行われる限り違法ではない」という法務省見解(1991年10月)が発表されて以来、少しずつ各地で実施されるようになっている。

 自然葬で中心的役割を果たし、沖縄にも支部がある「葬送の自由をすすめる会」(安田睦彦会長、本部東京)によると、沖縄県内で自然葬が行われるのは昨年夏に続き2例目で、今回は県内在住者としては初めてのケースだという。

 宗教色がまったくなく「お墓に入らない自由も尊重されるべきだ」との同会の市民運動は、各地で限りなく行われている墓の造成による自然環境への悪影響などともあいまって理解の輪が広がりつつある。まだ圧倒的多数の人に趣旨が伝わっていないのが実情。特に親族や門中意識の強い沖縄では「死後墓に入るのは当たり前」の考えがあり、自然葬が葬送の1つとして一般に理解、実施されるにはかなりの時間がかかりそうだ。

 この日の自然葬は4月19日に石垣島で亡くなった下田正夫さん=享年86歳=をしのんで行われた。下田さんは東京都出身。京都府などで医師の仕事をしたあと、23年前に西表島の診療所に赴任、その後石垣島で身障者授産施設「わしの里」の開設の一員として活躍。また、亡くなる直前まで老人保健施設「太陽の里」施設長としても地域に貢献していた。

 下田さんの妻の貞子さん(78)は体調を崩し、2年前から県外で療養中。今回の自然葬には東京、京都から3人の子供たちが集まった。長女の井上祥子さん(57)=弁護士=は「父は10年ほど前に、お墓は要らないと言っていた」と回顧、長男の下田元美さん(48)=公務員=も「今年1月、父が葬送の自由をすすめる会に入会したことを知ったが、違和感はなく、今回の自然葬になったのも父の生き方などを考えると自然な流れ」と話していた。

 元美さんらがチャーターした船には安田会長や、下田さんが勤めていた施設の関係者、友人ら20人余が乗り込み、午前5時50分に石垣港を出港。西表島との中間地点まで進んで停泊、旋回し、実施された。

 自然葬は、遺族のあいさつや故人の好きだったシューベルトの歌曲と芭蕉布などを参加者が歌うなどして行われ、紙製の包みに分散して入れられた遺灰と花を海に流し、40分ほどで終了した。
(琉球新報新聞より)

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